ペット医療コラム

【vol.184】犬の尿路上皮癌に対する 新しい内科療法

収穫の秋も終盤。今年のできは概ね良かったのではないでしょうか。特に玉ねぎは昨年の生産不足で高騰を招き、全国的に影響を与えましたので安堵しています。 今回は7月の学会で新しい内科療法が紹介された犬の尿路上皮癌について書きたいと思います。はじめにこの癌の概要を説明します。この癌は犬の腫瘍全体の約2%を占めますが、膀胱・尿道にできる腫瘍では最も多いものです。うちの病院では年に数頭診断されます。その症状は血尿、頻尿、しぶりです。症状は一般的な膀胱炎と区別できませんので、詳しく調べる必要があります。治療しない場合の生存期間は短く、約2ヶ月とも言われています。こういった症状が2、3日続く場合は早めに動物病院を受診していただきたいです。 病院では、まずは膀胱炎か腫瘍なのか鑑別していきます。超音波検査で腫瘍を疑う所見があるかどうか診ていきます。超音波検査で異常がなければ腫瘍は否定的です。この場合は尿をとって尿検査をして細菌・炎症細胞が見れたら膀胱炎の治療をします。しかし超音波検査でできものが確認されたら大まかな位置、膀胱以外の尿路への浸潤(広がり)、リンパ節や他の臓器への転移の有無などを確認します。そしてそのできものが何なのか調べる必要があります。確定診断は、カテーテル吸引生検や膀胱鏡検査による直接生検を行い病理検査機関に依頼します。これでほとんどの場合診断ができます。 尿路上皮癌と診断されたら、飼い主さんと治療の相談をします。外科療法、抗がん剤、放射線療法など三大治療法と非ステロイド系抗炎症剤の長所・短所の説明をして選んでいただきます。他の腫瘍と違い、この腫瘍は非ステロイド系抗炎症剤の効果がある程度期待できます。以上が25年間ぐらい支持された診断と治療の概要です。 確定診断は生検と書きましたが、わずかですが病理診断医でも迷う場合があります。5年ほど前から遺伝子検査が加わり診断の精度が高くなりました。治療でも分子標的療法が加わり、治療のメニューが広がりました。今回の学会で発表された新しい診断と治療もこの分野の研究の成果からもたらされたものです。東京大学の発表でしたが、今までに分かっているヒトで癌の発生に関わる遺伝子(発癌関連遺伝子)が犬の尿路移行上皮癌にも発現していないか調べました。たくさん調べた中で、ある発癌関連遺伝子(HER2)が過剰に発現していることが分かりました。ヒトでは乳がん、胃がん、大腸がん、肺がん、膀胱がんで過剰発現しているようです。このHER2をターゲットに治療する分子標的療法薬はすでにヒトでは使用されています。この薬の犬に対する安全性試験、どれくらい使えばいいか(用量試験)を数年行って、今回の発表になりました。今まで行われてきた三大治療法と非ステロイド系抗炎症剤の治療法に比べ、有効性が高く副作用が少ないことが分かりました。私自身も尿路上皮癌の治療として外科手術、抗がん剤治療を行なってきましたが、再発、抗がん剤の副作用に悩んできました。今回の発表を聞いて飼い主さんへ説明する治療のオプションが増えました。こうやってヒト医学から獣医学へ、あるいはその逆の情報交換から新たな診断・治療法が見つかることを今後も期待したいと思います。

■著者 アース動物病院 院長 上田 広之 氏

  2022/09/26   M I
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