ペット医療コラム

【vol.183】第26回日本獣医がん学会に参加して 〜腫瘍の緩和的手術〜

8月はお盆を迎えます。ご先祖への感謝を伝える機会の一つでもありますね。またさまざまな理由で亡くなられたペットたちの思い出を家族でお話しするきっかけになる月でもありますね。 先月、3年ぶりに獣医がん学会がリアルとウエブのハイブリッド形式で行われました。私は会場へ行ってきました。コロナ禍のなか、毎週のようにウエブでセミナーが開催されていますが、やはりリアルに人に会うのはいいですね。近況を話したり、ちょっとした治療の工夫を聞いたりといい刺激をいただきました。 今回の学会のメインシンポジウムは「腫瘍性疾患に対する緩和的手術」でした。ペットたちは体の変化を飼い主さんたちへ細かく訴えることはなく、どうしても飼い主さんが気づいた時には進行していることが多くなります。その病変がどこまで広がっているか?大きな血管や神経との関係はどうなっているかはCTやMRIを撮ることが望ましいですが、それらが実施できる二次診療施設に行ける方は多くはありません。また行けたとしても根治治療ができるとは限りません。目の前で苦しんでいるペットに対して、できるだけ負担をかけない形で楽にしてあげるのが緩和的手術になります。診療していて比較的多いのは喉の奥や声帯にできる腫瘍による上部気道閉塞と膀胱・尿道にできる腫瘍による尿道閉塞です。今回のシンポジウムのテーマもドンピシャでした。 まずは上部気道閉塞について。腫瘍による閉塞のみならず、口腔内腫瘍による分泌物や飲み込みづらくなった唾液などでも閉塞は起こります。そのために想像していたよりも急速に状態が悪くなることも往々にしてあります。迅速な状態把握、気管切開も含めた緊急対応に備えた準備をしておかなければなりません。ある程度の状態安定化に努め、その後、麻酔をかけます。気管チューブを挿管することで安全が確保できますが、挿管ができないこともあります。その場合、気管切開をして気道確保します。麻酔が安定したら、電気メス、レーザー、超音波メスなどを用いて、腫瘍をできるだけ掻爬していきます。そして完全切除はできなくても、空気と食事が問題なく通過できるようにしていきます。長期の安定化は難しいですが、穏やかな状態で貴重な時間を過ごすことができます。 次に腫瘍による尿路閉塞について。出したくても出せない尿。とても辛いです。可能であれば症状緩和と長期生存のためには、広範囲な外科療法、化学療法、放射線療法などを組み合わせた集学的治療をしたいところですが、さまざまな要因によりこれらの治療が叶わない場合も多いです。がんと共存しながら生活の質QOLを重視した緩和治療を希望される飼い主さんは多いです。腎臓から尿管、膀胱、尿道を通って尿は排泄されます。腫瘍がどこに発生し、どこで尿閉塞を起こしているかによって多少対応は変わりますが、閉塞を起こしている場所の手前(腎臓側)の尿路を利用して、尿を外に出すことを行います。自分の意識や反射とは関係なしに尿が出てきますので、紙おむつ生活になりますが、確実に排尿はできます。ご家族の負担は増えますが、ペットの穏やかな顔を見ることができます。 加えて、痛みを和らげたり、栄養を確保することも大切です。いつもの家で、ご家族と過ごし、声もかけてもらいながら、かけがえのない時間を過ごしたいものです。 暑い日が続きます。熱中症になるペットが多くなってきますが、十分な水分確保、適切な室温、頚の周りを冷やすなど暑さ対策をお願いします。特に短頭種(犬も猫も)や高齢なペットさんは気をつけてくださいね! 短い夏、ぜひ楽しみたいものです。

■著者 アース動物病院 院長 上田 広之 氏

  2022/07/23   M I
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