今回は、循環器内科カテーテル検査・手術の歴史についてお話しします。
カテーテルの始まり
1844年にフランスの医師クロード・ベルナールが動物の心臓の温度を確かめるために、馬の心臓にカテーテルを挿入。これが世界で最初の「心臓カテーテル実験」とされています。その後も動物の心臓にカテーテルを挿入する実験はいくつか行われましたが、人体への応用はなかなか進みませんでした。
動物と同様にヒトの心臓にもカテーテルを入れられれば、素早く確実に薬剤を投与できるのではないか。そう考えたのがドイツの医師ヴェルナー・フォルスマンです。1929年、25歳の新米医師フォルスマンは自らの肘の内側を切開し、静脈にカテーテルを挿入したのです。彼の肘静脈には尿管カテーテルが30センチほど挿入され、X線室に移動。胸部をX線透視装置で確認しながらカテーテルを動かしたのです。カテーテルは脇と鎖骨の下を通り、ついに心臓の右心房まで到達します。半ば強引な方法でしたが、心臓カテーテル実験は成功を収めました。ちなみに彼はこのとき、実験の証拠を残すためにX線写真を撮影しています。(写真)
「サーカスの曲芸」との揶揄から一転、ノーベル賞受賞へ
フォルスマンは早速論文をまとめ、1931年ドイツ外科学会でも発表を行いますが、医師たちの反応は意外にも冷たいものでした。命の象徴ともいえる心臓に人の手を加えることは当時の倫理に背く行為であったためだと伝えられています。心臓カテーテル研究は多くの批判を浴び、フォルスマンの上司であった教授は「あの研究はサーカスの曲芸に等しい」と揶揄しました。失意のうちに病院を解雇されたフォルスマンは第二次世界大戦が始まるとともに軍医として徴兵され、研究を断念します。
1956年、ドイツの田舎で開業医を営んでいたフォルスマンのもとに、ノーベル医学・生理学賞を受賞したという驚くべき知らせが届きます。これは心臓カテーテルの基礎を築いた功績をたたえたものでした。心臓カテーテルはもはや「サーカスの曲芸」ではなく、人の命を救う立派な医療器具として認められたのです。
心臓カテーテルの発展
心臓カテーテル技術の確立により、医師は患者の胸を切り開くことなく心臓や血液の状態を確認し、薬を投与できるようになりました。1940年代後半には造影剤を用いた心臓血管造影検査も可能になり、これは現在でも狭心症や心筋梗塞の診療に役立っています。
次回は、『ステント治療の歴史』についてお話ししたいと思います。


