前回は釈迦が悟った「四諦(したい)」の中で、人間はこの世が「苦」であるととらえる存在であるという真理の「苦諦(くたい)」を説明しました。
その中で「苦」を仏教では「四苦八苦」という言葉で表しています。とお話しました。皆様もご存知の通り、「今日のテストには四苦八苦したよ。」「今日は仕事量が多くて終わらせるのに四苦八苦したよ。」等でお使いになられていると思いますが、もともとはどのような意味かご存知でしたか?四苦とは、生・老・病・死の四つです。それがなぜ「苦」なのかというと、人間として生きているときに思うことに矛盾するからであります。
いつまでも若く、生きていたいと思ってもやがては老いて死んでいくのです。病気になりたくないと思っていてもなってしまうこともあります。
つまり釈迦は、人間は生まれたときから生きていくことが「苦」だととらえる存在であると言っているのです。
そのことに加えて、四つの苦があるといっています。その内容は、「愛別離苦(あいべつりく)」…愛する者とも別れなくてはならない苦。
「怨憎会苦(おんぞうえく)」…いやな者とも会わざるを得ない苦。「求不得苦(ぐふとくく)」…求めても得られないこともあるという苦。
「五蘊盛苦(ごおんじょうく)」…人間が生きるときに感じる五蘊に振り回される苦。(「五蘊(ごうん)」とは、名前は皆様もご存知のお経「般若心経」の中に出てきます。その意味は、色、受、想、行、識と言い、人間が生きていくときに感じる五つの物質、精神の感覚を指していると言われています。)
ここまで話をしてきた仏教で言う「苦」の意味は「思うようにならない苦しみ」のことを言うようであります。
今回は、四苦八苦についてお話をしましたので「苦」のことばかりが強調されていますが、人間は苦しみを乗り越えることで、喜びを得られるのです。 人生は苦あれば楽あり。皆様一人ひとりの素晴らしい人生を精一杯生きていただきたいと思います。
グラコム2006年5月号掲載