タイトル

蕁麻疹2


嶋川先生は、今日もイーストバーのようです。
【嶋川】「今晩は。」
【東】「嶋川先生、いらっしゃいませ。先日は蕁麻疹の事をいろいろと教えてもらってありがとうございました。友人もすっかり良くなり、あれ..
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2010年11月04日(木) No.451 (川嶋先生(皮膚科)のコラム)

子どもの予防接種 三種混合ワクチン(DPT)その①


三種混合ワクチンは、百日咳、破傷風、ジフテリアの3種類の病原菌の成分を無毒化した不活化ワクチンです。1期は生後3ヶ月から3〜8週の間隔で3回、3回終了1年後に追加接種を行います(7歳半まで可)。アナフィラキシ..
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2010年11月04日(木) No.450 (秋山先生(小児科)のコラム)

女性と漢方(74) 〜慢性疲労?(その2)〜


『65歳Mさん。夫の糖尿病の看護に心身共に疲れきっている様子。夫はわがままで、食事療法をやってみても、なかなか言うことをきかない。こんなに私が夫のために努力しているのに、何かむなしい日々が続くとの事。「こころ」はあせり「身体」は疲れる。約三ヶ月前から、生あくびがしょっちゅう出るようになり、身体が重く、イライラして気分が落ち着かない。不眠もあり、よく夢もみるようになった。食後は胃のもたれ感がある。夫と一緒に来院。』
Mさんは夫の陰に隠れるようにして来院されました。小柄でやせたMさんに比べ、糖尿病の夫は大柄で肥満体型の方でした。2回目の来院のとき、私はふと気がつきました。
隠れているように感じられたのは、夫の体格のためではなく、Mさん自身に何か精気が感じられないためであると。「Mさん、何かお疲れのようですね。」ときり出すと、すかさず夫が「そうなんですよ。こいつはいつもだるいだるいって元気ないんです。気合いが入ってないんでしょうね。」と答えます。そこで夫には席をはずしてもらい、次回の診察はMさん一人で来ていただいてからお話を聞くことにしました。その時にようやく、先に書いた内容を弱々しい声でぽつりぽつりと語ってくれたのです。


Mさんには『甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)』を飲んでもらうことにしました。
2週間で諸症状の改善傾向がみられ、一ヶ月後には精神的にも落ち着くようになったとの事でした。この方は看護からくる疲れが原因で、そのために諸症状が出現したといえます。『甘麦大棗湯』は漢方医学的には、「こころ」を潤し安定させ、胃腸の働きを調える作用があり、甘くて飲みやすく、子供のひきつけ・夜泣きにも用いられます。生薬成分はほとんど食品みたいなものなのですが、なぜかよく効く症例が多い不思議なお薬です。
さて、2ヶ月位経過した頃でしょうか。診察室での奥さんと夫の位置が入れ替わっていることに気づきました。夫の前にMさんがいるのです。「先生、この人、いつも腹一杯食べちゃうんです。治療する気があるんでしょうか?先生からビシッと言ってやって下さい。」実にたくましいのは女性のパワーです。世の中は女性を中心に回っていることに気づかないのは男性ばかりなのです(笑)。
2010年11月04日(木) No.449 (山内先生(産婦人科)のコラム)

下痢をした時の正しい対応


これから寒くなるとウイルス性の胃腸炎が流行してきます。そこで下痢に関して正しい知識を持って頂いた方が、正しい対応と感染予防ができますので紹介したいと思います。まず下痢をした時にはどのようなことに気をつ..
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2010年11月04日(木) No.448 (本間先生(内科)のコラム)

薬とその歴史4


19世紀に入ると麻薬などから、アルカロイドという物質が確認されその性状も次第に明らかにされるようになってきました。
1803年にドイツで20歳の薬剤師セルチュルナーがアヘンの中の主成分の「モルヒネ」を発見し、眠りの女神モルフィウスからその名前を命名しました。また、その研究の成果を応用して、アンデス山地原産のキナ(アカネ科)からマラリアの特効薬である「キニーネ」を、マチン(フジウツギ科)から殺鼠剤、神経刺激剤として使う「ストリキニーネ」を分離することができ、現在でも薬として用いられています。


一方、昨年もインフルエンザなどで話題となった「ワクチン」は、ご存知の方も多いと思いますが、1796年にイギリスのエドワード・ジェンナーが天然痘の予防に「牛痘種痘法」を発見した事からが始まりと言われています。当時、天然痘は西欧全土で6000万人が罹患し、年間60万人の犠牲者が出ていたとの記録もあり、運よく回復したとしても痘瘡が顔を覆い醜い容姿に変異させてしまう恐ろしい病気だったのです。同じ頃、アジアの広い地域では軽い天然痘にかかると免疫が残り、以後はかからないとか、人痘と言ってあえて毒性の弱い天然痘を注射して免疫を作るという方法も行われていたようですが、それは決して安全ではなく、逆に重篤な患者を作ったり死者を出すことも少なくなかった様です。そこでジェンナーはメス牛の乳房に天然痘によく似た膿疱ができ、乳搾りをする女性がそれにかかると天然痘にかからないとの事実を目にし「牛痘」を研究し実験を繰り返し、1796年5月14日8歳の男子に安全な「善感種痘」を行ったのが人類を救うワクチンの第一歩となったのです。そして1980年には世界保健機構(WHO)から天然痘の撲滅宣言が出されました。
ちなみにワクチンの名称はメス牛(ワッカ)からきているそうです。
2010年11月04日(木) No.447 (原口先生(薬剤師)のコラム)