タイトル

ビタミン・ミネラルと免疫力


最近はいろいろな感染症がTVをにぎわせていましたが、はしかにしてもインフルエンザにしてもかぜにしても同じ場所にいてかかる人とそうではない人がいるのはなぜでしょう?
その要因の1つとして個人の持つ免疫..
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2007年07月05日(木) No.256 (原口先生(薬剤師)のコラム)

ソフトサイン言葉の伝達1


「うちの子は言葉が遅れているみたい」と心配されるお母さんが多くみられます。言葉の発達には大きな個人差があります。1歳過ぎからグングンお話し上手になる子がいる一方で、3歳過ぎても片言しかしゃべらないで心配したけど、小学校入学の頃には家中で一番のおしゃべりになった、という子もいます。気にしすぎは禁物、ですが気になります。そこで子供の言葉の発達について考えてみましょう。
新生児の言葉は泣き声です。「お腹すいた」「眠い」「お尻が気持ち悪い」などすべて泣いて訴えます。お母さんは赤ちゃんの要求が何か「お腹すいたのね」など様子を探りながら声かけをします。泣き声でお母さんと自然にコミュニケーションをとっています。
生後2〜3ヶ月…「アー」「ウー」など話し言葉のもととなる声(喃語)を出し始めます。
母音は3ヶ月頃、子音が発音できるようになるのは6ヶ月を過ぎてからです。この頃になると「アブブー」「ダーダーダー」と喃語がどんどん盛んになります。音の高低、強弱も変わってきて、名前を呼ばれて振り向いたりします。


1歳…発音の簡単な「パパ」「ママ」や、鳴き声をまねした「ワンワン」「ブーブー」といった単語を言い始めます。盛んに大人の言葉を聞いてマネをします。単語が徐々に増えてゆき、1歳半頃には少なくとも2つ以上意味のある言葉が言えるようになります。
2歳…びっくりするほど言葉が増えます。「ママおしっこ」「ワンワン・キタ」などの2語文ができるようになり、「パパどこにいるの」と聞くと「かいしゃ」などと簡単な問いにも答えられるようになります。喜んでお母さんのお話を聞くようになり、絵本も一人で長く見ているようになります。「これはなに」などと質問をします。
2歳半頃、自分の名前が言えるようになります。今まで「ブーブ」と言っていたものが「バス」や「パトカー」になるなど、少しずつ大人の言葉を獲得してゆきます。
3歳頃…自己主張が強くなり、いろいろな要求が盛んになります。「〜と」「そして」など、つなぎ言葉も覚え、文が次第に長くなってゆきます。「なぜ」「どうして」という質問が多くなります。
4歳頃…言葉発達が最も著しい時期で、日常の用は足りるようになります。
4〜5歳で話し言葉が一応の完成を見ます。
2007年07月05日(木) No.255 (秋山先生(小児科)のコラム)

イエローネイル症候群


先日、両手足の爪の水虫が治らないと70歳の男性が来院されました。聞きましたら、一年程前から水虫治療の内服薬を、かかりつけの診療所で処方して貰い、飲み続けているとの事です。
両手足を診察してみると、全ての爪が黄色く、分厚くなっています。水虫でも爪は厚くなり、少しもろくなる事が多いのですが、この患者さんの場合は硬く肥厚していました。念のため菌の検査をしましたが、やはり水虫の菌は見つかりません。ちょっと下肢を診させてもらいましたら、むくみがあります。
この患者さんは、爪の水虫ではなく「イエローネイル症候群」という病気だったのです。イエローネイル症候群というのは、黄色い爪、下肢のむくみ、慢性気管支炎などの肺疾患をおこす病気です。
この患者さんの場合は、幸い肺疾患はありませんでしたが、このように爪の変化で全身の疾患が発見できる事が良くあります。


例えば、爪の肥厚や変形をおこす原因には…甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群などの全身疾患、テトラサイクリン、ペニシュラミンなどの内服薬による副作用、アクリノール、グルタールアルデヒドなどの化学物質の接触による変化など様々なものがあります。最近テレビや新聞で、爪の水虫のことがよく取り上げられ、爪が厚くなるとすぐ「水虫」と考えがちですが、水虫以外にも様々な原因で爪が厚くなる事がありますので、ご注意下さい。
さて、話は変わりますが、オホーツク地方の医師不足はとても深刻です。特に産婦人科や、血液疾患など専門分野の内科医については、一刻を争う状態です。医療がしっかりしていない地域には、優秀な人材も集まりませんし、産業も衰退してしまいます。今のまま行政任せにしていても、あてにはなりません。そろそろ市民が声をあげ、行動をおこし、自分達の地元を変えて行かなければならない時期に来ているのではないでしょうか。未来を担う子供達が、将来もこのオホーツク地方で働き、子供を産み育てたいと思えるような「ふるさと」であり続けるために。
2007年07月05日(木) No.254 (国分先生(皮膚科)のコラム)

女性と漢方(34)〜治ったはずの胃潰瘍?〜


『46歳Qさん。消化器科で胃潰瘍を指摘されて十数年経つ。胃潰瘍は内服治療で経過を年2回内視鏡(胃カメラ)で診てもらっており、「潰瘍はほとんど治っているから、そんなに痛むはずない。少し神経質になっているせいもあるのでは?」と主治医に指摘されるが、実際に痛いのだからどうしようもない。知り合いに紹介されて当院受診。』
Qさんの自覚症状は、空腹時に胃が痛み、寒いと胃がカチカチ?になる感じがして、お腹全体が張り、食べ過ぎなくても胃がもたれて胸やけがするということでした。この症状は季節の変わり目に特に悪化するらしく、他には生理不順はないが生理痛がひどく、出血量も多いようです。
舌をみるとうすいピンク色で、お腹は胃のあたりを押しても痛がりませんが、左右の腰の骨の内側あたりを押すとかなり痛がりました。血液検査では軽い貧血も認められましたが、とにかくQさんには東洋医学的には「お血(オケツ)」(詳しくは前号参照)が背景にある症状でした。そこで、『当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)』と『人参湯(ニンジントウ)』を処方しました。
効果は消化器科の先生に申し訳ないくらいに劇的でした。十五年間も続いた痛みが飲み始めて三、四日で消えてしまったのです。胃の重苦しさも胸やけもない。要するに、何ともなくなったのです。さすがに私も「ほんまかいな?(なぜか関西弁)」と思いましたが、『当帰芍薬散』の効果は1ヶ月後の生理ではっきり表れました。生理痛も弱くて出血量も少なく、胃痛のみならずこんなにラクな生活は久しぶりとの事でした。


Qさんは、その後順調に良くなり、『当帰芍薬散』は4ヶ月で飲まなくなり、止めた後も生理の調子は悪化せず、『人参湯』だけは本人も食欲が出ると気に入ってその後の転居先でも飲み続けているようです。
漢方薬を使っていますと、ときどきこのような「1発OK!」という劇的な効果にめぐりあいます。他の治療法では、こういう切れ味はちょっと味わえませんね。こういう症例を経験すると、劇的な効果を求めて私たちは懸命に効きそうな薬を探す努力を惜しまなくなります。患者さんからは感謝されるし、いわゆる「医師冥利に尽きる」気分を味わうときなのです。
2007年07月05日(木) No.253 (山内先生(産婦人科)のコラム)

第47話/老後を健康で暮らすための老年学の一断章」その8/不老長寿の薬と徐福伝説


不老長寿の薬は人間の悲願といえます。特に、医学が未熟で、平均寿命が極めて短い時代では、その願いは強かったと思われます。そのため古今東西、不老長寿の薬をめぐる話は沢山あります。その中で、秦の始皇帝をだました男として有名な徐福伝説を紹介しましょう。
2千年ほど前、日本が縄文時代から弥生時代へ替わろうとするときに、中国全体を統一したのが秦の始皇帝です。始皇帝は生まれつきあまり体が丈夫ではないため、統一したころから不老不死を求めて、医師を傍に近づけるようになりました。そして、この絶対権力者の始皇帝をだまし、不老長寿の薬探しをけしかけたのが徐福という人物です。
徐福は始皇帝に、「はるか東の海に仙人の住む蓬莱という島があり、そこに行けば不老長寿の薬が得られる」と申し出ました。この申し出が叶い、始皇帝から莫大な資金を得て、一度旅たちますが、何も得られず帰国します。その時、徐福は「鯨に阻まれてたどり着けませんでした」と始皇帝に報告しました。そこで始皇帝は再度試みることを許可しました。徐福は3千人の若い男女と金銀を伴って大船団で旅たちました。何日もの航海の末、ある島に到着しました。


その島は「日本」であると言われています。実際今でも日本各地には、徐福の最期の地といわれる場所がいくつもあります。
結局、徐福は不老長寿の薬を得ることなく帰国しませんでした。始皇帝は望みを果たすことが出来ず50歳で死亡したといわれています。しかし、今考えると50歳は短命とお思いでしょうが、当時としては長命であったと考えられます。
ところで、この話は伝説であり、徐福は架空の人物であると考えられてきました。ところが、最近の研究では実在の人物(中国の山東半島江蘇省の徐阜村の出身)であることが証明され、学術的大発見といわれています。
以来、歴代の皇帝は不老長寿の夢を捨てきれず、いろいろな薬を服用したそうです。それらの薬のほとんどに水銀や砒素などの猛毒が含まれていたため、唐の時代の6人の皇帝が不老長寿の薬による中毒(?)で死んだと記録されています。まさに不老長寿の薬というものは人間の欲望が生んだ幻の「麻薬」みたいなものですね。
2007年07月05日(木) No.252 (古屋先生(泌尿器科)のコラム〜ドクトル・フルヤの知って得する泌尿器科講座〜)