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宗教のいろはタイトル

グラコム2008年1月号掲載

お正月について

お正月は新しい年を祝うまつりごとの一つだとの意味もあるかと思いますが、日本にはご先祖様や神様をお迎えしてご供養する宗教的な意味もあります。多くの方々は神社に初詣に行き、また菩提寺におまいりに行き、一年の幸せや様々な願いごとをしたり、ご先祖様に感謝の気持ちを表したりしているのではないでしょうか。現在も続いているお正月の行事や飾り物にもそのような意味合いが多く含まれています。今回はその中から何点かお話しいたします。
お正月に食べる料理の代表は、おせちとお雑煮ですね。おせちは「御節料供(おせちく)」の略で、節日(せちにち「季節の節目の日をいい、端午の節句などを言う」)に供えた料理のことでした。それが現在では、お正月のおせちとしてのみ残っているのです。また、お雑煮は、大晦日にお供えした料理をおろし、お正月に汁ものとして煮て食べるというものが由来であり、どちらの料理も、家族が集い、神様(ご先祖様)と一緒に食事をするという意味を持ち、両側が細く丸い柳箸(やなぎばし)を使います。これは一方で神様(ご先祖様)が食べられるという意味があるのです。
飾り物としては門松、注連縄(しめなわ)、鏡餅などが有名ですね。門松は、門前に松を立てた飾り物で中国の風習にならったものです。歳神様の依代(よりしろ)として、一年の栄えを祝うものとして現在に至っています。また、注連縄は、神前または神事の場に不浄なものの侵入を禁ずる印として張る縄。一般には、新年に門戸や神棚に張るものです。つまり、神の「なわばり」を示す印であり、天照大神が天の岩戸からお出になった後、岩戸に縄を張り再び中に入れないようにしたことに始まったものです。
鏡餅は、餅の丸い形が、昔の銅鏡が丸かったことに由来してついたものです。床の間飾りとして発達したことより、一般には三方の上に半紙を置き、餅やさまざまな飾り付けをしてお飾りしています。お仏壇に飾る場合には、お餅だけを重ねて一対飾ることが多いと思います。
お正月には様々な由来がありますが、新しい年を迎えて、皆様の周りの方々そしてご先祖様に感謝し、皆様方がすてきな年を過ごされることを念願いたします。 つづく

グラコム2008年2月号掲載

お仏壇についてC

お仏壇のことについての四回目です。
今回は、ご家庭の仏壇で使用する音の出る主な仏具を三つ、どの宗派でも使用する鈴(りん)と一部の宗派で使用する木魚(もくぎょ)、そして日蓮宗のみで使用する木鉦(もくしょう)について紹介をいたします。その他に日蓮宗では団扇太鼓(せんすたいこ)も音の出る仏具としておもに唱題の時に使います。
最初は鈴についてですが、一般には「仏前で読経の時に打ち鳴らす鉢形の鳴器」と言われ、現在は在家(ざいけ)つまり、一般家庭でおまいりをする際に使われています。どの宗派でも使用する仏具であります。「りん」というのは、「鈴」の音読みの一つで、唐音(とうおん)と呼ばれ、鎌倉時代以降に日本にもたらされた読み方です。つまり、そのころに日本に開かれた禅宗(このあたりでは曹洞宗ですね)と呼ばれる宗派で用いたのがはじまりだと言われています。寺院では、「りん」の大きなものとして
子(きんす)と呼ばれるものを使っています。最近では、家庭で使うことを限定として、様々な種類や形、大きさのものができています。
次に、木魚ですが禅宗特有のものである魚鼓(ぎょこ)から変形し、発達したものと言われています。(魚鼓とは魚の形をした木の板であり腹のあたりを叩き、人を集める合図として使われていたようです。)木魚は曹洞宗・浄土宗等(真言宗でも使うことがあります。)で使われます。形は木製球形の肉を削り、魚の鱗(うろこ)をかたどった彫刻をしたものです。読経や唱題などの調子をとるためにふとんの上に置き、先端に布や皮を巻いたバチでたたいて使います。材料には、粘りがあって柔らかく、仕上がりが良くて割れにくい楠(くす)がよく使われています。
最後に木鉦ですが、日蓮宗で使うもので、読経、唱題の拍子を調えるために用います。形は一般的に円形で響きをよくするために中央部が内側からえぐられていて表面上部の凸部をバチでたたいて使います。起源は意外に浅く、明治以降になってからと言われています。もともとは金属製で似た形状の伏鉦(ふせがね)と言うものを木製で作ったもので、木魚の柔らかい音色とは異なり明るく歯切れが良いという特徴があります。つづく

グラコム2008年3月号掲載

お彼岸に思う

今月はお彼岸の月です。仏教の教えについてたとえも入れて簡単にまとめてみました。
仏教では、私たちが生きている世界を「此岸(しがん)」と言います。私たちの人生には、良いことがあれば悪いこともあります。しかし、人は悪いことがあると不満や不安、不愉快になったり怒ったりもします。「生きている間ずっとやすらいだ心」でいられる方は少ないはずです。この原因となるのが「此岸」にあるたくさんの煩悩(ぼんのう)であると釈尊(しゃくそん)は教えました。そして、煩悩から解き放たれ、何ものにもとらわれない心安らかなる「彼岸」に行きなさいと教えました。釈尊は、菩提樹(ぼだいじゅ)の木の下で瞑想をしているときに煩悩を乗り越えた「涅槃(ねはん)」の境地に達し「彼岸」に到達しました。つまり、悟りを得て※仏陀(ブッダ)になったと言われています。
此岸には、思い通りにならない「苦」があり、それはすべて生きている「人」が様々な欲望に固執することから生まれるもので、たとえば、病気になったら早く治したいと思ったり、年老いたらもっと若かったらと考えたりするものです。
欲しい物は自分の物にしたいとも思うはずです。そのように思い通りにならないことに固執することから「煩悩」が生まれるのです。釈尊は、煩悩を消すために何事にも固執しない、とらわれない心になる必要があり、その状態を「空(くう)」と言い、何ごとにもかたよらないで生きていくことを教えました。そのための道として、日本の仏教では、「自力の道」「他力の道」の二つがあります。これは宗派によって異なる考え方です。「自力の道」は修行を積んで自分の力で仏陀になる道。「他力の道」はすでに仏陀になられた人の力を借りて仏陀になろうとする道です。
どちらの道をとったにしても仏教では、此岸に生きている自分自身が仏陀になるための教えであると言えるでしょう。お彼岸の機会にぜひ、仏教の教えについて考えてみることも良いのではないでしょうか。
※ブッダとはサンスクリット語が語源で、「真理に目覚めた人」という意味です。つづく

グラコム2008年4月号掲載

お斎(とき)について

皆様が仏教を身近に感じるときといえば、お葬式を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。お寺の檀家になっていたり、門徒であったりする方々は違うかもしれませんが、そうでない方はお葬式が一番身近に感じる時だと思います。しかし、お寺の僧侶の方々が葬儀に関わるようになったのは意外に新しく、江戸時代からだと言われています。意外ではないですか?ずっと昔から関わっていたように感じる方が多いのではないでしょうか。お葬式の後は、四十九日に法要を営みますね。その後も一周忌、三回忌…と続く法要があります。今回はその時の会食について触れてみます。
一般に法要の後に施主がふるまう料理のことをお斎(とき)といいます。法要の後に亡くなられた方を思い出しながら参列していただいた方と共にする会食のことです。もともとは戒律を守る寺院において正午までに僧侶が食す食事のことを意味していました。寺院では午後、食事をとらない、また食べ過ぎてはならない決まりであったのです。そのことが起源でありますから、お斎の料理は精進料理でありました。
しかしながら現在では、精進料理にこだわらなくなっているのが一般的なようです。
皆様もご存じの通り精進料理とは、修行中にいただく食事であり、それは【精進】が努力するという意味からもわかると思います。僧侶は殺生をしないという戒律を守っていたことからその中身は、肉や魚を用いず穀物・野菜・豆類の食材だけでできていました。その食材の一例に皆様よくご存じの「がんもどき」があります。これは精進料理から創作された肉の代用品としての材料で、鳥である雁(がん)の肉にも劣らない味だということでその名前がついたと言われています。
この地方ではあまりお斎という表現は使いませんが、葬儀後の繰り上げ法要の後に引き出物と一緒に料理の折り詰めを渡すことがありますね。これはお斎を取ることの時間的余裕を省略した形だと思っていただいて良いでしょう。現在の多忙な社会情勢を考えると仕方のないことかもしれません。つづく

グラコム2008年5月号掲載

花まつりについて

北見もすっかり春が近づき、ゴールデンウィークの季節になりました。仏教行事としては「花まつり」の季節であります。皆様も一度は見たり聞いたりしたことがあると思いますが、この「花まつり」についてお話をいたします。
毎年、四月八日がお釈迦様の誕生日として全国各地で、地域の仏教会等が中心となってそのお祝いをしています。(北見では四月の末頃に開催が多い)そのことを「花まつり」と呼んでいます。たくさんの花で彩られた小さいお堂「花御堂(はなみどう)」の中にお釈迦様の生まれたばかりのお姿を安置して甘茶を注いでおまいりすることからそのように呼ばれているのです。花御堂は生まれた場所、そして甘茶をかけるのは、生まれたときに天を舞う竜からお釈迦様に清らかな甘い水(香水)が注がれたという伝説から由来しているようです。
この花御堂の中にまつられているお釈迦様は、立ち上がった姿で右手は天を、左手は地を指していて、お釈迦様が生まれてすぐに「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言われた姿を現しているのです。この意味は、「天を見ても地を見ても自分より偉いひとはいない」とい傲慢(ごうまん)な考えではなくて、世の中にはたくさんの人たちがおられますが、一人一人がとても尊い存在で上を見ても下を見てもその人に代わる人はいないというような意味であると思います。また、自分自身が大切であることと同様にいつでもどこでも生きるものすべてに対して同様の心を持つことの大切さも教えてくれていると思います。
また、お釈迦様の母であるマーヤ夫人は白い象が体内に入る夢を見てお釈迦様を身ごもられたと伝えられ、お釈迦様はマーヤ夫人が出産のため里帰りの途中に立ち寄ったインドのルンビニーの花園でお釈迦様は生まれたと言われています。そのことから大きな白い象が「花まつり」のシンボルの一つであり、かわいらしい子どもたちがそれを引っ張って歩く「白象行進」も欠かせない行事になっているところが多く見られます。つづく

グラコム2008年6月号掲載

仏教について@

皆様方のおかげで、連載も今回で五十回。読んでいただきありがとうございます。
さて、今回からは数回に分けて、仏教の成り立ちや教えなどをおさらいしていきたいと思います。
仏教は、多くの学者からキリスト教、イスラム教と並んだ三大世界宗教であると言われています。世界宗教の特色は、現実世界の枠に縛られることなく、真理を追究し、教理(ある宗教等が真理とする教えの体系)が作られていること。言い替えれば、「現実の世界を超えて普遍的な価値を追求する宗教」であり、ある特定の民族や国籍、性別や階級に関係なく、人間性の深い理解に基づく「個人」が救済の対象とされ、その「個人」が主体となっています。その世界宗教に対するものとして民族宗教があります。それはある民族を基盤とし、現実社会を中心としてその民族の伝統や習慣と深く結びついて体系づけられていて、日本では神道が民族宗教であると言えるでしょう。
では仏教とはどんな宗教なのでしょう。簡単に言えば「仏陀(ぶっだ)の教え」です。当たり前ですね。この仏陀というのはインドの古典語として使われていたサンスクリット語のブッダと言う言葉を漢字に音写した言葉であり、「真理に目覚めた人」という意味です。すなわち「真理を覚って仏陀となった人」の教えが仏教の教えと言えます。(現在、仏陀はよく仏と省略されています。)
ここで皆様は、仏教が今から二千六百年ほど前にインドの釈迦(釈尊)によって始まったということをご存じだと思います。ではなぜ、釈尊の教え、釈尊教と言わずに仏教なのかというと、釈尊は真理を悟って仏陀となった最初の人だと言われていますが、仏陀は釈尊一人ではないというのが仏教の考え方です。仏教では、釈尊が覚った真理は永遠不変の真理と考えられていますから、釈尊の以前にもその真理を悟った人はいるはずでしょうし、その後にもいるはずであると考えられているからなのです。
またその教えでは、わたくしたちすべてに仏教の教えを学び、仏になることを期待しています。つまり仏教は「仏陀になるための教え」という側面もそなえ持っている教えと言えるのではないでしょうか。つづく

グラコム2008年7月号掲載

仏教についてA

仏教は二千六百年ほど前にインドの釈尊が悟りを得た後、中央アジアから中国、朝鮮へと伝わり、日本にやってきました。日本には、五百五十二年とか五百三十八年に伝わったと言われていますので、千年以上の年月を経て日本に伝わったことになります。長い年月を経て様々な解釈から仏教は多くの宗派に分かれ、日本でもたくさんの宗派が存在しています。現在の日本の仏教を考えるには、大きな三つの分類から考えるとわかりやすいと思います。その分類とは、「大乗(だいじょう)仏教」と「小乗(しょうじょう)仏教」。「密教(みっきょう)」と「顕教(けんきょう)」。そして、「自力」「他力」。です。
まず初めに大乗仏教と小乗仏教ですが、小乗仏教はインドから東南アジアに広がった仏教、それに対して日本の仏教はほとんどが大乗仏教に分類されます。また大乗仏教が成立したのはインドにおいて紀元前後のことであり大乗仏教は釈尊の死後数百年後に成立しました。
小乗仏教というのは出家者中心の仏教と考えられます。家を捨て、妻子を捨てて出家した者だけが救われる可能性があり、在家の人間には真の救いがないという考え方をします。
これに対して大乗仏教は万人の救いを主張しています。小乗仏教という名前は、大乗仏教が成立したころに大乗仏教の側からさげすんでつけた名前であり、東南アジアでは「上座部(じょうざぶ)仏教」と呼んでいます。「上座」とは「長老」のことを意味しています。
少しわかりやすく話をすると、仏教の教えは、私たちが生きている此岸(しがん)という煩悩があふれる迷いの世界から、彼岸(ひがん)という煩悩のない悟りの世界に到達するという教えであります。どのように到達するのかで小乗仏教と大乗仏教の考え方が違います。小乗仏教では、たいへんな修行を積まなくては到達することができない世界であるために何もかもを投げ出して、出家をし、厳しい修行を積むことにより彼岸に渡ることができる可能性があるという教えです。しかし大乗仏教は、出家して厳しい修行を積んだ者だけでなく、その者が在家の信者たちを彼岸に到達することができるような手助けをし、その方法を実践するように教えてあげるという教えなのです。つづく

グラコム2008年8月号掲載

仏教についてB

今回は、大きな三つの分類の二つめとして「密教(みっきょう)」と「顕教(けんきょう)」についてお話をいたします。
釈尊の入滅後、紀元後に体系化された仏教の教えの中では、「仏」というのは真理を教える者、もしくは真理そのものであると考えられていました。地球のみならずこの宇宙の真理はひとつで、その真理そのものである「仏」がいると考えられていました。その「仏」のことを顕教では「大毘盧舎那仏(だいびるしゃなぶつ)」密教では「大日如来(だいにちにょらい)」と呼んでいます。どちらも大きな太陽のような存在の仏という意味の同義語です。大日如来は真言宗の本尊としてご存じの方も多いのではないでしょうか。
さて、それぞれ考え方がどのように違うかというと、顕教では「大ビルシャナ仏」は姿なき仏であるとか沈黙の仏といわれ、その「仏」からは直接説法を聞くことができないと考えられています。つまり、宇宙に存在し、宇宙そのものであり、宇宙のことばでは人間には理解できないということから「大ビルシャナ仏」は宇宙の隅々までその教えを広めるためにそれぞれの「ほし」にあった形でたくさんの分身を派遣したのです。その一人として地球には「釈迦」を遣わせてその教えを広めたと考えられています。つまり、「大ビルシャナ仏」の分身を通じてその教えを知ると考えられているのが顕教の考え方です。
密教はというと「大日如来」から直接、教えを聞こうという考え方をしています。宇宙のことばをどのように聞くのかというと、本来人間にも聞くことができる能力は備わっているけれども、我々人間がもつ煩悩のせいで聞き取ることができないと考えられているのです。ですから我々人間は、その言葉を聞くためにしっかりとした修行を積み、煩悩を取り払い、こころを研ぎ澄ますために努力をすれば「大日如来」の教えを直接聞くことができるようになるというのが密教の考え方であります。つづく

グラコム2008年9月号掲載

仏教についてC

今回は、大きな三つの分類の三つ目は「自力(じりき)」と「他力(たりき)」についてお話をいたします。
仏教は「仏陀の教え」であり「仏陀になるための教え」であるということをお話しましたが、「自力」というのは読んで字のごとく、自分自身の力によって仏になろうとする教えであり、たいへんな修行を積んで仏になろうとする教えであります。しかしながらそれは大変厳しい修行「難行(なんぎょう)」であり、なかなか普通の人が悟りを開いて仏となることが難しい道です。そこで、その後に考えられたのがもっと易しい修行「易行(いぎょう)」で仏になるための考え方で「他力」という教えです。わたしたちの自力には限界があるため誰もが仏になれるよう仏の力を借りようという考えです。
もうすこし詳しくお話しすると「自力」の教えでは「禅」がその代表であります。誰もが持つ人間の内面にある「仏になろうとする力」を、坐禅を基本とした修行を通じて見つめ直し、悟りを得ようとする考えです。
坐禅は達磨大師がその教えを広めたということは有名ですが、それ以前にもたくさんの諸仏がそのことにより悟りを開いてきたといわれていることから、禅の基本的な修行として坐禅が取り入れられているといわれています。
反面「他力」の教えでは「阿弥陀如来の本願」(簡単に言うと「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」を唱えて信じることにより亡くなった後、極楽浄土に生まれることができるという阿弥陀如来の願いのこと)をひたすら信じ、念仏(南無阿弥陀仏と唱えること)することにより、その本願によって救われようとする教えであります。これを「他力本願(たりきほんがん)」といいます。「他力本願」というと、日常ではすべて他人任せにするというように誤解されがちですが、そういう意味ではないことを覚えていただければ幸いです。つづく

グラコム2008年10月号掲載

神道について@

今回からは神道について、様々な角度から見てみたいと思います。
神道は日本古来の宗教であると言えますが、仏教の伝来以前は、無意識的なものであり、慣習であったり、習俗(しゅうぞく)「※地域や社会で昔から伝わっている風俗や習慣のこと」であったりして、「神道」という宗教は確立されていなかったようです。どういう事かというと、仏教が伝来した時、蘇我氏は仏教肯定派。物部氏は仏教否定派。というように意見が分かれ、そのような意見対立の中で、古くからの日本の神についての考え方はこうだというように、神道の思想がまとめられたようです。また、「神道」という言葉が最初に歴史的文献に出てきたのが「日本書紀」であることからも推察できるのではないでしょうか。つまり、仏教という宗教が日本に伝わったことにより、「神道」という宗教が確立したと言えるでしょう。
その神道確立の一因となった仏教はキリスト教、イスラム教と共に世界宗教といわれ、民族の枠を超えて「現実世界を超越した普遍的な価値を求める」宗教です。しかしながら、神道は日本人古来の、つまり日本民族の宗教であり、仏教のような世界宗教ではなく民俗宗教と言えます。つまり「現実社会を中心としてその民族のための(その民族に利益をもたらす)宗教」なのです。
さて神道は、三つに分類されることが多く見られます。神道において一番大切であるといわれることが「祭祀(さいし)」です。言い換えれば、神をまつることです。そのことからも一つめは、各地の神社とそこにまつられている神を中心とする神道であり、一般的に「神社神道」と言われています。二つめは、黒住教や天理教、金光教などの神道で「教派神道」と言い、明治政府に公認されたものが前述の教派を含め十三ありましたので、「教派神道十三派」と言われていました。三つめは、神社神道と深く関わりを持ちながらも日々の生活の中で伝えられてきた習俗、年中行事、人生儀礼のようなものを総称して「民族神道」と言われる分類があります。つづく

グラコム2008年11月号掲載

神道についてA

今回はご神体などについてお話をいたします。
神道において一番大切であるといわれることが神をまつることです。とお話をしましたが、その神とは何でしょうか。以前のおさらいをすると、神は人間の目で見ることが出来ないものだと古代の日本人は考えていました。そして、その神々は特定のものに依(よ)りつくとも考えていて、それを媒体として神を感じようとしていました。その依代(よりしろ)がご神体と呼ばれるものであります。古代の日本人がご神体とした代表的なものは木や石、川や山でした。例をあげると浅間大社のご神体は富士山であり、熊野那智大社では那智の滝がご神体であり、現在もそのままです。
その後、仏教の影響を受け神道が社殿を持つようになり、広くご神体がその本殿の中に恒常的におまつりされるようになりました。鏡・剣・曲玉(まがたま)などをご神体としておまつりしているところも多く、三種の神器「天孫降臨(※)の際に、アマテラスがニニギに授けたものを指し、八咫鏡(ヤタノカガミ)・八坂瓊曲玉(ヤサカニノマガタマ)・天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)の三つです。」このうち、八咫鏡は伊勢神宮、天叢雲剣は熱田神社のご神体となっています。
多くの神社が社殿をもつようになった現在、ほとんどが入り口とも言える鳥居(とりい)から参道を通って拝殿、本殿に至るようなつくりになっています。鳥居は神社の門で、この先は神が降臨される神聖な場所であり、徒歩でくぐるのがならわし。くぐるときは境内に入るときも出るときも神に敬意を表して一礼することが望ましいとされています。本殿は、神聖な場でご神体をまつる場所。また、参拝やお祓いをする拝殿は本殿の前に位置し、拝殿の前には賽銭箱(さいせんばこ)が備えてあります。また、狛犬(こまいぬ)をよく見かけると思いますが、平安時代以降に置かれるようになり、魔除け、神社守護の役割を担っています。 ※天孫降臨(てんそんこうりん)…天上の国を治めていたアマテラスが孫にあたるニニギノミコトに地上の国「葦原中国(あしはらのなかつくに)」つまりは、日本を治めるために地上に遣わしたことをいう。つづく

グラコム2008年12月号掲載

神道についてB

今回は祝詞(のりと)について簡単にお話をいたします。
神道でいう祝詞は、神職が祭祀(さいし)等のときに独特の文体で神に様々なことを申し上げることば、または神が集まった人々に聞かせることばのことを言います。祝詞は現在に至るまでたくさん作られていますが、その中でも律令時代(大化の改新後の七世紀後半から十世紀頃まで)に編纂(へんさん)された「延喜式(えんぎしき)」に書かれた祝詞は現存する最古のものであり、今もなお延喜式祝詞と呼ばれ祝詞の規範としてたいへん重視されています。そして祝詞は言葉の端々に至るまで美しい大和言葉で書かれています。
また、古来より日本では言葉に特別な霊力が宿ると考えられていました。「言霊(ことだま)のこと」つまり、良き言葉はよい方向に、悪い言葉は悪い方向にことが運ぶと信じられていました。これは「言」と「事」が同じ概念で考えられていたからだといわれています。そして、現在でも残っている忌詞(いみことば)は、言霊の思想に基づくものとされています。よく言われる忌詞の例をあげると、たとえば、魚の「切り身」を「刺し身」というのは切ることが切腹に通じることからであったり、「スルメ」を「あたりめ」というのは、ギャンブルでお金をすることに通じるからであったりするからだと言われています。そのほかに結婚式とかお葬式とかの特定の状況で使われる忌詞もご承知の通りです。そのようなことから祝詞を奏上(そうじょう)する際には特に気をつけていました。当然ではありますが、前述の延喜式にも忌詞として「死」は「奈保留(なおる)」、「血」は「阿世(あせ)」などと言い換えられています。
祝詞は広い意味で、祓詞(はらえことば)「修祓(しゅばつ)の際に奏することばであり、簡単に言えばお祓いするときの言葉とも言えます。」、拝詞(はいし)「祭祀を行うのではなくただ神を拝するときに奏する言葉。」等も含みます。また、文体からの区分けもされていて、一つは「宣(のりたま)ふ」で終わる宣命体(せんみょうたい)と言われるのもので、祭祀などで集まった人々に宣(の)り聞かせるものであり、もう一つは「恐(かしこ)み恐みも白(もう)すで終わる奏上体(そうじょうたい)と言われるもので、直接神に対して奏上するものです。後述の奏上体と言われるものは、皆様方もよく耳にするのではないでしょうか。つづく